日本マインドフルネス学会 第7回大会

パンデミック時代のマインドフルネス

ストレス社会を生き抜く身体化メタファーとしてのセンタリング

(理事会企画 小講演)

菅村 玄二(関西大学)

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【講演者・自己紹介】

 関西大学文学部の菅村玄二と申します。専門は身体心理学で,姿勢や身体感覚の研究をメインにやっていますが,これからはもう少し世の中や世界に目を向けて,マインドフルネスも含めて「平和心理学」というジャンルに統合していこうかとひそかに考えているところです。

 その話はさておき,本学会では,当初から編集委員を務めさせていただいておりましたが,昨年は大会長,そして今年からは総務委員と事務局次長を仰せつかりました。今年の大会は,総務委員と事務局員としての初仕事で,コロナ禍を受けたテーマとして「パンデミック時代のマインドフルネス」を掲げ,学会としても初めてのオンライン開催とする運びとしました。

 今回は,オンデマンド配信ですので,大会ならではの人と人との交流がしにくいところがありますが,「ポスター発表」(一般研究発表)については連絡先を載せることにしましたので,そこから連絡を取っていただければ,と思います。また,役員の先生がたに会わずとも,会ったような気分になれるかと思い,大会コンテンツを兼ねて,「役員紹介」として瞑想との出会いなどを含めて自由に書いて(話して)いただくことにしました。どのような形式で作るかというところも含めてその人の紹介になるのではないかという目論みなのですが,役員内でも好評のコンテンツとなっています。おもしろいので,ぜひご覧ください。

 と言っておきながら,いざ自分で書き始めてみると,何をもって「瞑想」とするのか,またそれと「出会う」とはどういう状態なのか,けっこうな難問だったことに後から気づかされました(他の役員の先生がた,今さらですみません。A4判1枚では終わりそうにありません…)。

 もし「瞑想」というものがフォーマルな定期的な実践を指し,それとの「出会い」というのがいわゆる「瞑想」と言われる意識状態を指すのであれば,私はまだ瞑想には出会っていないかもしれません。しかし,もっと日常的な,インフォーマルな瞑想だと,ずっと長くやっているような気もします。「瞑想」の定義の問題は実に難しいので,早くも諦めて作戦変更し,語用論的に,つまりその言葉が実際に使われる場面から考えていくことにしてみます。

 そういう意味では,これが瞑想だという明確な説明を受けて私が初めて実践してみたのは,大学生の頃だから1995年か1996年かなと思います。地下鉄サリン事件が1995年でしたから,まだ瞑想とかヨーガとか修行といったものに対して,世間からも非常に冷たい視線を感じる時代でした。大学のオムニバス科目に「東洋医学の人間科学」という授業があり,心身問題に関心があった私は,シラバスを一目見てこれはおもしろそうだと思って受講しました。

 その科目をオーガナイズされていたのが,本学会の創設に尽力された春木豊先生,そして現在の監事をお務めの石井康智先生と姿勢研究の第一人者の鈴木晶夫先生でした。その授業では,東アジアの哲学や伝統医療や養生法を学ぶだけでなく,さまざまな種類の瞑想法の実践を行う機会が多く用意されていました。

 たとえば,仏教と道教の身体観について石田秀実先生が論じれば,インド哲学とアーユルヴェーダについて宮本久義先生が解説し,中国伝統医学や漢方医学,鍼灸の臨床については新井信先生や吉川信先生が概説をし,また四諦八正道についてトランスパーソナル心理学の観点から安藤治先生が考察をしたり,そして気と身心関係について湯浅泰雄先生が論じたり,といった具合です。実技についても,坐禅は松濤諦雲先生,ヨーガは番場裕之先生,太極拳は増田勝・文子先生,丹田呼吸法は鈴木光弥先生,気功は出口衆太郎先生,というふうに盛りだくさんの内容でした。

 最初に受講したときは,選択科目であったうえに,卒業単位にも含まれず,しかも土曜の3〜5限の3コマ連続の授業だったため,非常に豪華な講師陣にかかわらず,数名の受講者しかおらず,学生からすると,とても贅沢な時間でした。私はすっかりその味を占め,学部時代から修士時代まで6年間潜っていましたが,途中から曜限やコマ数が変わって受講者が大幅に増えて,私もなぜかレポートの採点に駆り出されたり,講師の先生の接待係としてお昼をご一緒したりなど,授業との関わり方も少しずつ変わっていったことを久しぶりに懐かしく思い出しました。

 1996年の終わり頃からは,毎週水曜日の朝8時から大学の鏡付きの部屋(エンカウンタールーム)で,春木先生と私の同期の山田朱美さんと3人で「春木式ボディワーク」をやっていました。春木先生曰く,春木式というのは「坐禅,ヨーガ,太極拳,各種呼吸法など東洋的行法の種類はそれぞれに良さがあるけど,すべてを実践するには人生がいくらあっても足りないから,私がそれぞれのエッセンスと思ったものを1時間にまとめてみた」というものでした。

 春木先生が『生命力がよみがえる瞑想健康法』(実務教育出版,※2007年に北大路書房より『マインドフルネスストレス低減法』と改題し再版)を翻訳・出版され,Jon Kabat-Zinnを日本に招聘されたのが1993年でしたから,マインドフルネスの話がもっと出てもよかったかもしれませんが,春木式ボディワークにはマインドフルネスの要素はあまり入っていなかったと記憶しています。2003年ごろまでは,春木先生はマインドフルネスよりも禅がしっくりくると言われていたのを覚えています。ただ,何でもいいから身体感覚を使った実践することが大切だとはよくおっしゃっていて,それで私も春木先生の紹介で太極拳のクラブに通ったりしていました。

 私は博士課程も春木先生のところに進みたかったのですが,定年退職と重なるため,それは無理で,まあ,いろいろあって,2001年からは,Michael J. Mahoney先生のところに留学することになりました。Mahoney先生は,Cognition and Behavior Modificationという本を1974年に出し,また初の認知行動療法の総合誌(Cognitive Therapy & Research)を創設し,B. F. Skinnerらと大論争を巻き起こし,アメリカでは認知行動療法の立役者と思われている人です。

 しかし,Mahoney先生は,当初からAlbert EllisAaron T. Beckとは方向性が異なり,認知の修正を基礎とする合理主義的視点ではなく,主体の能動性を尊重し,より協働的で,感情の受容を志向する構成主義的なアプローチへと理論と実践を発展させていかれました。身体性や瞑想技法についても,70年代から採り入れられていました。今風な言い方をすると,第1世代の行動療法のトレーニングを受けた後,第2世代の媒介モデルと情報処理論を体系化しながら,認知行動療法が顕在化するよりもやや前から第3世代の実践とその理論化をされていたことになるので,自分で書いておきながら,改めて考えるとびっくりする次第です。

 そういう先生の元にいましたので,留学時代は,週2回の授業で2〜3時間くらい瞑想をやったり,授業以外でも2人で一緒に瞑想会に通ったりしていました。その瞑想会の参加者は,信仰はバラバラで,無神論者も多かったですが,場所はユニテリアン派の教会で,内容としては静座瞑想や呼吸瞑想をしたり,英語の般若心経を唱えたりしていました。留学中,同時多発テロ事件などもありましたが,春木先生夫妻がMBSR(マインドフルネスストレス低減法)のワークショップに参加されたついでに拙宅に来られたり,越川房子先生も在外研究でMark Williamsのところに行かれていた間にぷらっと遊びに来られたり,楽しい思い出です。

 春木先生がマインドフルネスも案外いいね,とおっしゃるようになったのは,その前後からで,私もそれくらいの時期からマインドフルネスを意識するようになりました。春木先生がKabat-ZinnからもらったというMBSRに関係する膨大な資料やカセットテープ,CDをいただいて,マインドフルネスを学ぶようになりました。

 留学時代,私はMahoney先生が創設された構成主義の国際学会の事務局長をやっていました。2003年にイタリアで国際大会を開催した際,基調講演の者として,Jerome Brunerをはじめとした構成主義の大御所に加えて,その新しい風としてKabat-Zinnも招聘しました。会場はプールなどもあるリゾート的なコンドミニアムで,私が外のベンチに腰掛けていたら,なんとBrunerが横に座って話しかけてくれて,私のシンポジウムでの発表へのコメントやプライベートなことなど,いろいろお話していただき,感激したのを覚えています。また南イタリアのゆったりとした時間の流れる長い夜に,春木先生ご夫妻とKabat-Zinn先生と夕食をご一緒したのも良い思い出です。パスタにこれでもかというくらいチーズをかけられるのが印象的で,今でもパルメザンチーズを見たら,Kabat-Zinn先生を思い出すくらいです。

 思い出話ついでに,さらにずっと遡ると,教会といえば,私はカトリック系の幼稚園に通っていました。単に自宅から一人で歩いて行ける所にあったという理由ですが,毎朝,幼稚園に着くと,まずは教会に行き,畳の上に正座をして手を合わせて閉眼してお祈りをしていました。開始時間と終了時間は各人任せです。私も含めて,たいていの園児はその日の気分で長く祈ったり,一瞬座って手を合わせるだけで終わったりしていました。しかし,友だちとケンカした次の日に教会で何となしにお祈りしていると,なんだか心が安らいできて,仲直りできるということがありました。ほかの友だちからもそういう話をよく聞いたものです。いま思えば,これもインフォーマルな瞑想やコンパッションの原初的な体験だったのかなという気がします。

 ところで,私の家は祖祖父の代までは,代々,神主でした。神社での「二礼二拍一礼」は,強いていえばスピリチュアルではあるかもしれないけど,メディタティブ(瞑想的)ではないというか,動作の「型」であって,マインドフルネスの要素はないように思っていました。参拝のしかたは,「四拍手」のところもありますが,正式には「一拝・祈念・二拝・四拍手・一拝」と言うようです。ここに「祈念」,つまり「マインドフルに祈る」と取れるような言葉が入ってくるのがおもしろいなと最近思いました。礼と拍も,本来は「念を入れて丁寧に行う動作」なのかもしれません。

 コロナ禍では,初詣も分散参拝や自粛が呼びかけられています。私は,自粛というか単に出不精なだけですが,初日の出に「巣ごもり参拝」でもしようかなと思っている今日この頃です。いずれにしても,医療団体から「医療緊急事態宣言」の合同声明も出ていますので,感染拡大の予防にも「念」には「念」を入れて,マインドフルでありたいところですね。

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テーマの著者 Anders Norén